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2009.05.31 (Sun)

Notice it Chapter1 

『天元突破グレンラガン』

【More・・・】







 朝のぼんやりとした光の中で、カオガミ様の御顔にうらうらと湖を反射する光が揺れている。
 カオガミ様がいらっしゃる湖は、唯一天上の光が射しこむ場所でもあった。ずっと頭上には、まるで針の一点のようにまぶしい光を見ることも出来る。
 けれどそれは遠すぎて、見上げようとすれば苦しくなるほど遠すぎて、ロシウは以前にいつ見たのかも思い出せない。
 でもそんなことをしなくても、光というものをロシウは知っている。カオガミ様を照らす光、湖の波を白くさせる光。それは祈りを捧げるに相応しいほど、美しいもの。
 湖の岸、カオガミ様を遠くに見る。
 祈りを捧げるマギンの横で、ロシウもまた祈りを捧げる。
 握りあわせるロシウの手はまだ幼ない。祈るよりも、まだかたわらに置いた香炉がくすぶっていることの方が気になる年頃なのだ。
 薄目を開けて見る香炉から、うっすらと白い煙がたなびいている。
 ロシウは普段の暗闇では見ることの出来ない、その煙の動きを見るのが好きだ。かすかにただよう香りを嗅ぐのはもっと好きだ。
 その匂いを、どう語ればいいのかはわからない。ただ嗅ぐと気分が良くなった。だからマギンが香炉を持ち出す日はほんの少し、嬉しい。
 香はネズミの脂から、ほんの少しだけ作られる。ネズミ自体がこの村では貴重な食べ物で、香となるとさらに貴重だった。
 だから焚くのは特別な日か、年に一度の大歳、月に一度の大礼と決められている。皆が無事に歳を重ねられたこと、無事に一月を過ごせたこと。
 立ち上る香りはカオガミ様への特別な、感謝の香り。
 今日は、大礼の朝。香を焚くことを別とすれば、いつもと特に変わることがないように、ロシウには思われる朝。
 一度そういうように口に出したこともある。するとマギンは優しく頭を撫でてくれた。言葉に出してはただ「心の有りようだよ」と言う。
 マギンは常に多くを語らない。
 元来口数が少ないこともあっただろう。怖そうに見えるのは、いつも厳めしい顔をしているからだとロシウは思う。けれど突き放すような物言いはけしてしなかったから、まだほんの子供のロシウから見ても、村人たちにはたいそう慕われているのがわかった。
「マギン様!」
 だからザファンがその朝、祈りを捧げる背後から呼びかけたのも何の不思議もありはしなかった。
 珍しいことではあったけれど、まったくないことではない。狭い村、少ない村人。皆、どの時間にどこへ行けばマギンがいるかを知っているから。
 呼びかけられてすぐに振り返ったロシウは、慌てて指を組み直した。隣ではまるで聞こえなかったかのように、マギンが祈りを捧げている。祈りを乱されてはいけなかったのだ。
 背後でザファンが身をよじる気配がしたが、マギンは動かず、だからロシウも動けない。
 マギンが唇をゆらうゆらうと閉じて、そしてやっと顔を上げたのは、しばらくたってのことだった。横目で様子をうかがっていたロシウも顔を上げる。
 ザファン、と振り返ってマギンは問いかけた。
「このような時間にどうしたのかね? 大事でも起きたのか?」
 ザファンは若い男だ。
 一人の娘の父であり、もうすぐもうひとりの子供の父になる。妻のユウネは妊婦であり、産み月も近い。問いかけるマギンの横で、ロシウはぼんやり思う。ユウネに何かあったのだろうか……。
 棒のように細い身体を、ザファンはすくませるようにする。角張った肩が落ち、首の下、鎖骨のくぼみが大きくなった。
「申し訳ありません」と、ザファンは言った。「シーラの様子はいかがかと思いまして」
 マギンはふと、眉根を寄せた。
 降り落ちた沈黙。耳にはただ、湖が岸にむかってうち寄せるひたひたという音がした。答えない隙間を埋めるように、ザファンは慌ただしく続けた。
「地下湖へ降りる前に、と……思ったのです。マギン様、ロシウ様、共にユウネの無事を祈らせてはいただけないかと。そしてシーラの、無事も」
 最後は消え入りそうな声になった。
「おまえが」
 マギンの声は、苦みが強かった。
「シーラとキーナイを心配していることは知っているよ」
 ロシウはマギンを見上げる。ザファンは最近良く、この祈りの時間にやって来る。やはり背に向かって声をかけ、決まってユウネとシーラの無事を祈りたいと言う。
 けれど     と、ロシウはこっそりマギンを見上げた。
 マギンはいつもそれを、快くは思わないようだった。いつもほんの少しだけ、近しいロシウだけがかすかにわかるような不機嫌そうな声になる。
 ザファンとユウネ。シーラとキーナイ。
 二組の夫婦は歳も、結婚した時期も近い。そして子供が産まれる時期も近くなった。シーラは母となり、キーナイは父となる。ザファンと同じように。もう間もなくに。
 親しい間柄なのだから、ザファンはさぞ心配なことだろう。
 そう思ってロシウが見上げる先で、ザファンは気弱な笑みを浮かべている。視線が落ち着かずに行き来して、何の気なしに見つめているロシウに向けられた。
 ロシウは少し首をかしげ、そしてほんのりと笑ってザファンを見返した     安心してください。二人のことは、ちゃんと祈っていますよ。そう言いたい思いをこめて。
 ザファンもロシウに軽く笑い返すようにしたが、すぐにうつむいてしまった。小さな声でつぶやく。
「毎朝起きると、私はユウネの様子を気遣います。それと同じように、私たちはシーラとキーナイを気遣うのです」
 優しい言葉とは裏腹に、うつむいたザファンが眉をしかめているのがロシウには見えた。何かに耐えるように彼は言い、そして顔を上げた。
 マギンに向けた顔は笑っている。先程までの苦しさは口の端の笑みに隠されて。
「二人は、私にとっても、ユウネにとっても、親しい友なのです」
 そうだな、とマギンも言った。急に疲れたように、ため息をつく。
「私も、ロシウも、ユウネとシーラ、二人の無事を、祈っているよ。さあ、もう行きなさい。勤めがあるだろう」
 はい、とザファンは頷き、踵を返した。けれどその姿を惜しむようにマギンは呼ぶ。ザファンは振り返った。
「最近……イドマの所に行っていないようだね? タラがこぼしていたよ」
 マギンは言葉を切った。ザファンはただうつむくだけで、答えない。今度その隙間を埋めるように言葉を重ねたのはマギンだった。
「ユウネと同じようにとは、言わない。けれどイドマのことも気遣ってやりなさい。あの子も、……おまえの娘なのだから」
 ザファンは、ゆるゆるとかぶりを振る。わかっています、と言う声は苦しげだった。
「ユウネの様子が思わしくないのです。お産が近いので神経質になっているだけだとは思うのですが、イドマを見舞ったことを知ると、あまりいい顔をしません……。
 今はただユウネの側についていてやりたいのです。彼女の加減が悪くなるようなことは、できればしたくありません」
 そうか、とマギンはつぶやいた。その口の端がかすかに上がるのを見た。
 それはロシウが見る、怖い時のマギンの笑みだった。
「ならば行きなさい。ユウネと生まれてくる子供のためにも、毎日の勤めを過ごしなさい。神は自らの役目を果たすことこそを由とされる」
 はい、とザファンは答えた。深く身体を折って、そうして地下へとなだらかな道を降りていく。その姿が奥へと消えるまで、マギンと二人、湖の端で見送った。
「……浅ましいことだ……」
 え?とロシウはマギンを見上げた。
「司祭様?」
 耳慣れず、小さな声でつぶやかれた言葉。
 問い返せば、はっとしたようにマギンはロシウを見下ろした。ゆっくりとかぶりを振る。
「なんでもないよ、ロシウ。なんでもないのだ」
 マギンはロシウの足下、香炉を拾い上げた。蓋をきっちりと嵌めこむと、あの香りも白い煙も消えてしまう。
 香炉をロシウに返して、マギンはかたわらに置いていたランプを取り上げた。灯心に火を入れる。煤けた黒い煙がうっすらと生まれ、そして一瞬にして消えた。
 さあ、とマギンはロシウの頭をそっと撫でた。
「早くイドマを見舞ってやろう。あの子は今日も、おまえが来るのを心待ちにしているはずだ」


Notice it Chapter2 へ続く
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