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2009.05.31 (Sun)

Notice it Chapter9 

『天元突破グレンラガン』

【More・・・】


 ランプの光が足下を照らす。
 坑道の中は静まりかえっている。昼もなく、夜もなく、地下の道行きは暗闇に閉ざされている。大人が数人並んで通れるほどの幅を持つ道に、今日という日は誰ともすれ違わない。
 ザファンは意味もなく、ランプを振った。動きを追いかけるようにゆらゆらと、光の輪が揺れていく。
 こうして坑道を下っていった日のことをザファンは思い出す。あの日のユウネを思い出す。何日かして見たシーラとキーナイの姿を思い出す。白い頬をした、よく眠る赤ん坊を思い出す。
 坑道を下って坑道を下って、そしてザファンは地底湖にたどり着いた。あの時のように、水辺でザファンは足を止める。
 薄明かりの中に、今日もまた、地底湖はある。
 いつになく静かなのは、入り江に誰もいないせいだ。見渡す限り、人影は見えない。交代の時間にあたっているのかもしれなかった。皆が皆、長話に時を費やしているのかもしれないと、ザファンは思う。
 その普段の生活の、なんと遠いことか。
 手元で、ランプが低く音を立てる。水辺に縫い止められたようにザファンは動けずにいた。ただ波打ち、打ち寄せる波を見ていた。目を離し、歩き出すことができない。
「ザファンさん?」
 背後からの声にすら、振り返ることができない。幼い声にただ、肩が揺れた。
「どうなさったんですか? そんな所で?」
 声が近付いた。ザファンはランプを握りこむ。ざくり、と砂を踏む音にようやく首をねじ曲げて振り向いた。
 すぐそこに、ロシウが立っている。
「ロシウ、さま」
 名を呼ぶとロシウはほてほてと、さらに近付いた。すぐ側に立ち、ザファンを見上げた。
「ちょうど良かった。これからうかがうところだったんです。司祭様からのお届け物です」
 ロシウは手に持った小瓶を差し出した。
「夜、眠る少し前に赤ちゃんにひと匙だけ、飲ませてあげるといいそうです。くれぐれもそれ以上は与えないように気をつけてくださいね」
 言いながら、ロシウはザファンをうかがうような目をする。ふと小首をかしげ「あの」と続けた声は、心配するような色を含んでいて。
「どうか、なさったんですか? 顔色が悪いですよ?」
 ザファンは、ため息をついた。
「何でも、……ありません」
 片手で顔を覆い、胸一杯に息を吸いこんだ。
 目を開けて見る指の向こう、ロシウはただ心配そうに眉尻を下げている。
「ありがとうございます。ロシウ様。私も、今、薬をもらいにうかがうところでした。ちょうど良かった」
 そうでしたか、と言ってロシウは笑った。
 ザファンは腕を降ろす。そのまま勝手に腕は延びる。延びてロシウが差し出した小瓶を受け取った。
 その細い口が握りこまれるのを見て、ロシウは「それでは」と言って踵を返す。
 その後ろ背を、ザファンは見送る。その小さく揺れる背中、その小さな首。白く見える、その細さを。
      どこかの水辺で、サカナが跳ねる水音がした。
 小瓶がするりと指から抜けて砂に落ちる。ザファンの足が踏み出した。手が伸びて、ロシウの背にかかった。
 振り返る気配のない肩をつかんだ。
 力をこめて引き寄せ、反り返った小さな身体を背中から水辺に引き倒す。何が起きたかわからないだろう子供が、痛みに顔を歪めるのをそのまま、腕を強く引いて無理矢理起こす。そのまま湖に足を踏み入れた。
 子供は立ち上がる暇もない。そのまま膝を引きずって水辺に入りこむ音が耳に届く。言葉にならない叫びと共に、ためらうことなく水に入って行く。
「離してっ!! お願いです、離して!」
 抗って踏みしめる膝の、弱々しさ。身体ごとの抵抗が何になろう。いよいよ腕を握りこめば、ただ引きずられるだけの小さな力。
 水面は腰までの高さになる。気付いて、初めて子供を見下ろした。ただ一杯に見開く目が、突き刺さる。
 その頭を、水に押しこんだ。
 つかんでいない方の腕が、水中で激しくもがいた。白い泡が激しく立った。それでも透明な水は、苦しげに動く子供の足をも目に映す。腕の力を弱めはしない。
「ロシウ!?」
 その場すべてを揺るがす声がした。
 ふいに、ザファンの手から力が抜けた。ざぶざぶと水を蹴立てて誰かがやって来る。
「ロシウ!」
 ザファンはよろよろと後ずさった。波が揺れ、その波をさらに大きくしてマギンは、水面からロシウを持ち上げる。
 げほげほと、ロシウの口から水が吐き出されていく。結んでいた髪がほどけ、頬にべったりと張り付いていた。
 その髪を払って、マギンはロシウを抱き締める。かすかに開いたかと思えた目は再び閉じられた。ロシウは意識を失っているようだった。その目は開かれない。
 マギンは再び水を蹴立て、水辺に戻っていく。
 ザファンは呆然とその背を眺めた。動く気も、逃げる気も、言葉を発することも、何も思いつかず。
 水辺に上がったマギンはロシウをそっと、本当にゆっくりと砂地に降ろした。ロシウはぐったりとしたままだ。
 その首筋に手を当てるのを見て何かが、ザファンの中に何かが、不意に、前触れもなく、凶暴に戻ってきた。
「ああああああぁぁ!!」
 ザファンは叫んだ。叫ばずにはおれなかった。
 何かが身体の中に生まれ、瞬く間に成長して出口を求めていた。それは元からザファンの内にあり、ただ姿を与えられるのを待っていただけだったのだ。
 ザファンは駆けた。
 水が飛沫をあげた。水辺に立つマギンめがけて、ザファンは駆け、殴りかかった。その振り上げた腕を、マギンはつかむ。
 火花が散った。
「なぜ、こんなことをした!? ザファン!」
 血の味が、口の中に広がっていた。頬に張り付く痛みが砂粒のせいだとわかる前に、襟首をつかまれて仰向かされる。
「なぜだ、ザファン!! 答えろ!」
「赤ん坊が、」
 すぐそこにある見開いた目を、ザファンは覗きこむ。
「赤ん坊が、いるんですよ。私には、赤ん坊が」
「それは」
 と言って、次いではっとしたようにマギンは息を呑んだ。
「やはりそうか。ユウネは……双子を産んだんだな」
 ユウネは死んだ。赤ん坊を一人産み、苦しんだ挙げ句にもう一人を産み落として。
 先に生まれたのは女の子。泣き声も小さな、身体の小さい赤ん坊。持ちこんだ行李にすっぽり入り、それを揺り籠のように眠る女の子。
「あの子たちを、私は守りたかった……。ユウネが死んだのに、産まれたのが双子では五一人になってしまう。
 儀式が行われれば、もしかしたら双子のどちらかが選ばれるかもしれない。そんなのは許せなかった。二人共がユウネの残した子供なんです。……だったら」
 ザファンは首をねじ曲げる。ぐったりと横たわるロシウを見た。
「だったら四九人になればいい。誰かが先に死ねばいいんだ。
 ユウネが命を懸けて産んだ子供たちの代わりに誰かが死ねばいい。赤ん坊を隠していても、いつかきっと知れてしまう。いつかきっと五一人目の赤ん坊がいることがわかってしまう。
 だったら、それが知れる前に」
「なぜ、話してくれなかったんだ? 話してくれていれば何か……!」
「そんなのは、嘘だ。司祭様、あなたは嘘つきだ」
 口の端を歪めると、切れた唇の端が痛かった。
「私は子供たちを守りたい、それだけだった。あの子を守るためになら……!」
 どうして、とマギンは強く揺さぶった。
「隠すことができていたなら、考えるなら、どうして待つことができなかった?」
 太い指が喉首に食いこむ。
「イドマはもう、長くない。どうしてそれをわかっていながら待てなかった!!」
「私は、……父親だ。これでも父親なんですよ」
 マギンの指が、ゆるんだ。
 そのまま離され、ずるずるとザファンは砂地に横たわる。目尻を何かが伝うのをザファンは知った。
「自分の娘の死を、どうして望むことが出来ますか? あなたにだって、わかるはずだ……同じはずです。あなたはロシウ様を天上へ送り出すことなど、とうてい出来やしない……違いますか……」
 マギンからの答えはなかった。ただ荒く、息をつく音だけが耳に轟く。
 ザファンはじっと天井を見上げた。そこには水面が映りこんでいる。いくつもの光の輪が、ゆらゆらと揺れていた。


Notice it Chapter10 へ続く
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